ありのままでいい

シ ルヴァスタイン作、倉橋 由美子訳「ぼくを探しに」 (講談社)

 

 人生挫折続きだった。 受験も恋愛も就職も。「人は完全でなくてもいい」。節目、節目にこの絵本、シルヴァスタイン作、倉橋 由美子訳「ぼくを探しに」(講談社)が励ましてくれた。高校卒業後はとにかく東京に出たかった。しかし、大学受験は2年連続失敗。東京行きのチケットを手に入れることはできなかった。1年目は隣の受験生が激しく机に打ち付ける、鉛筆の芯の音がドリルのように耳の奥を切り裂き、攻撃された頭の中は真っ白になった。2年目。仙台の予備校で1年間研さんを積み、それなりの自信を持ち、再び挑戦した。が、試験開始直後に気絶。保健室に運ばれた。第1志望は文系の最難関法学部。将来はドラマ「HERO」の木村拓哉さんのような検察官になって、犯罪のない日本を作る。そう思っていた。しかし、合格できたのは教育学部だけ。東京デビューの夢破れて、出迎えてくれたのは仙台だった。都落ち感が否めなかった。入学初日。教授陣との対面式で「第1志望落ちてきました」。私の自己紹介だ。教授には「予備校に戻れ」とたしなめられた。後に、指導教官となる、わが恩師との出会いだった。この頃、この本が目に飛び込んできた。ゲームキャラクター「パックマ ン」のような形の主人公は、自分に足りない部分(かけら)を探す旅に出る。しかし、一部が欠けているからうまく移動できない。目指すのは完璧な自分。当時、受験失敗を引きずり、不満を抱く自分に重なって見えた。仙台での4年間、温情のある恩師のおかげで自信を取り戻した私は、受験コンプレックス解消のため、アナウンサー受験を決意した。合格したものの、その後の道のりは険しかった。「青森県民に共通語を話せるのか」「お前の声は低くて暗くて重い」「辞めるなら今だ」。手厳しい新人研修に、再び自信を失った。カメラの前で手汗が止まらない多汗症となり、おなかを下す日々が続いた。ある日、転機が訪れた。「君は聞けばわかる特徴ある声だよ」。救われた。自分は間違っていた。ありのままの自分を受け入れ、磨くことこそ大切なのだと。世代を問わず手に取っていただきたい1冊だ。

 

会長 葛西 孝之

*12月3日付け東奥日報「マイブックストーリー」に掲載されました。